TOROPICANA

〜仕事の人生スタート〜
まだ学生だった頃、『あなた。ポリネシアンダンスのプロにならない?』と言われ
クウレイナニ橋本さんのスタジオに連れて行かれた。
『明日から3週間、朝10時にスタジオにいらっしゃい』と言われた。
ショー出演のためと、初めから決まっていた。
同じビルの4階と5階。XOとTIKITIKIだ。仕事は毎日。
私は、そのためにスカウトされたのだ。
次の日から朝10時〜夜八時までの猛レッスンがスタートした。
クウレイナニ橋本さんのレッスンパワーに、ひたすらついて行く事三週間。
何もわからないまま3週間で二つの店のショー4パターンを覚えた。
いよいよショースタートの前日、
『先生、三週間で30曲もやりましたよ』とクウレイナニ橋本さんに言った。
『日本では数少ないプロフェッショナルになるんだから頑張りなさいよ』といわれた。
ひょんな事から人生始めての仕事がダンサーになってしまった。
で、そのまま、めげずにやめないで本職となり今に至る。
写真左がクウレイナニ橋本先生。
トロピカーナにいた2年、毎日ステージを踏みながら
ポリネシアンダンサーとしてのノウハウを習得して行った。
この時に一緒に踊っていたダンサーの何人かは、
まだトロピカーナに残ってクウレイナニ橋本スタジオの
インストラクターになってるみたい。
もちろん、そういう人達は一番弟子になってるんだろうから
もし、自分が、そのままトロピカーナにいたら同じなんだと思うと
ちょっぴり、うらやましいな クウレイナニ橋本先生




XO
すごく広くてゴージャスなパブだったけど毎日できるダンサーが足りなくなって
XOは半年で終わってしまった。
私達は毎日4FのTIKITIKIで2ステージが終わった後、
ここ5FXOで再び2ステージこなすのが仕事だったから・・・・・
半年もたてば、できなくなりやめる人達が出て来て当然かも。
だいたいトロピカーナとしての仕事はXOとTIKITIKIだけじゃなくて、
コンサートとか日本全国行かなければならなかったので
他に自分の仕事を持っている人は無理だろうな。




TIKITIKI新宿と横浜
XOは半年で終わってしまいましたが、
ポリネシアンレストランTIKITIKIでは、そのまま3年間ショーに出演していた。
TIKITIKIのショーが2回終わると
今度は赤坂にある白石信とナレオハワイアンズの
ハワイアンライブハウスTAPA ROOMへ直行
ここも毎日2回のショーに出演とかけもちする事ができた。
トロピカーナではCDのポリネシアン総合、
白石信さんの店TAPA ROOMでは生演奏のハワイアンだった、
日本にもこんな世界があるのかってビックリした。
白石信さんの店TAPA ROOMではハワイアンの名曲を
いっぱい聞き歌の題名とかミュージシャン名なんかを教えてもらいました。




TIKITIKI PARTY
TIKITIKI3年終了後、初めてTIKITIKI自分のパーティーを催した。
ミュージシャンはハワイアン歌手の清水峰生さん
清水さんには古き良き時代のハワイの映画とか話をいっぱい教えてもらいました。
TIKITIKI3年終了後は
赤坂の白石信とナレオハワイアンズの
ハワイアンライブハウスTAPA ROOMが

メインになり、毎日かけもちの生活は
終わりましたが、そのぶん今度は
白石さんんのコンサートとか
外回りの仕事が増えて行った。
ダンサーもトロピカーナの時と変わり
踊る曲目も変わって行った。

そしてLEIの世界は、
どんどん広がって行く事になる。